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13世紀のヴェネチア支配時代、17世紀のオスマン帝国支配時代の影響が色濃く残るハニア。クレタ島の第2の都市で、1971年にヘラクリオンへ州都が移るまでクレタ島の州都でした。
ヴェネチアン・ポートは夕陽がとても奇麗な観光スポットです。
治安も良く、古い街並を楽しむことができます。
クレタ島は最高神ゼウスの縁が深い場所です。ゼウスには正妻ヘラがいますが、彼は浮気性としても有名です。
ゼウスは目をつけた女性を手に入れるために様々な変身をすることがあります。
あるところにエウロペという美しい王女がいました。ある日そんな彼女の前に一頭の美しい白い牡牛が現れました。自分になつく牛に気を許した彼女は牛にまたがりました。その瞬間、牛は猛ダッシュで海を走りました。たどり着いた先は、クレタ島。
その後、牡牛が正体を現します。なんと正体はゼウスでした。
クレタ島でのゼウスの浮気により、ミノス王が生まれ、のちに彼はクレタを治める王になります。
この時ゼウスが化けた牡牛の姿が牡牛座になりました。
またゼウスの浮気相手エウロペ(Eurōpē)はヨーロッパの由来となります。
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港は多くの飲食店で賑わう。訪れる際はできるだけ夕陽が見られるよう調整したい。
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港から灯台に続く、海上を通る道。旧防波堤。
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ヴェネチアン・ポートのシンボルの灯台。
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ヴェネチア支配時代の名残を大きく受けており、古い街並みが並んでいる。
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旧市街と新市街は、城壁を境に分かれている。
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ギリシャ正教の教会、ハニア聖堂が構える広場。
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ハニアの大きな市場。残念ながら改修工事中(2023/10現在)。
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1866年に建設された広場。偉人の銅像がある。
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ギリシャ正教の教会、ハニア聖堂が構える広場。
ハニア聖堂はギリシャ正教会の大聖堂です。オスマン帝国が支配していた1850年から1860年にかけて建造されました。
11世紀初頭、この場所に元々あった小さな教会がヴェネツィア人によって取り壊され、その場所に倉庫が建てられました。その後オスマン帝国がクレタ島を支配した後、この建物はトルコ当局からハニアのキリスト教共同体に寄贈され、教会に改築されました。
正面壁のペディメントにはギリシャ語で「ここを歩く者は、天の保護ベールの翼の下で嵐の真っ只中に怯えた鳥のように避難所を見つけた教会の忠実な子供たちによって建てられた神の母の教会を見る」と書かれているそうです。
ハニアでの食事の思い出。
ギリシャ旅最終目的地ハニア。ここではクレタ島の良質なオリーブオイル、ワインなどのお土産を探すことに。
最初の店でクレタワインを購入。次の店はオリーブオイル購入後ウゾ(食後酒)をオマケしてくれました。コレを飲みほろ酔いで港を歩くと、夕陽で感極まりそうに…。
その後別のオリーブオイル専門店を物色。タトゥーがクールなお姉さんが色々教えてくれます。レジはおばあちゃん。「どこから来たの?」と質問され「日本です」と答えました。会計後「エフハリスト!」とお礼を言うと「日本語でエフハリストは何て言うの?」と聞かれ「ありがとうだよ」と教えます。クレタ島にアジア人が少ないので珍しいのでしょう。店を出る時、2人は「アリガトウ!」と言ってくれました。
港を歩いていると魚の良い匂いが。夕飯は絶対魚にしよう、そう思い店を探していると、スキンヘッドの店員と目が合い、そのお店へ。白ワイン、魚のグリルとゲミスタを注文。海辺で食べる魚介は格別で、ゲミスタも最高。完食した皿を見た店員は「すごく綺麗に魚を食べてくれたね、ありがとう!」と言ってくれました。祖母の教育のおかげです。最後のデザートも疲れが吹き飛びました。
ギリシャの地にて食べる最後の食事。ご馳走様でした。
Γεμιστά
パプリカやトマトの中に、味付きのライスが詰まったギリシャ料理。付け合わせのヨーグルトとの相性も良し。
Τσιπούρα ψητή
鯛のグリル。チポウラは鯛を意味する。クレタの新鮮な魚介と白ワインは最高。店員に魚の食べ方を誉められた。
Παγωτό σε Μπράουνι
デザートのバニラアイスクリームが乗ったブラウニー。チョコソースもおいしく満足。
Σουβλάκι
肉を串に刺して炭火焼きにしたギリシャ料理。この日はポーク、ラム、チキンを注文。写真はテイクアウトしたもの。
Γυρόπιτα
ギロスというギリシャ版ケバブをピタというパンに挟んだもの。写真はラム肉で注文したもの。トッピングのザジキがたまらない。